では、山下清が自らの意志で選べたとしたら、本当に食べたかった好物は何だったのでしょうか。手記『山下清放浪日記』や、彼が少年期を過ごした救護施設「八幡学園」の職員らの回想録を紐解くと、意外な嗜好がはっきりと記録されています。
彼が記した日記の中で、最も強い執着と喜びをもって綴られているのは、実はおにぎりではなく「固いパン」や「アンパン」、そして「甘い菓子類」でした。とりわけ水分が少なく噛みごたえのある重いコッペパンや乾パンを好み、手に入ると大切そうに少しずつちぎって味わっていました。また、大の甘党としても知られており、旅先で小銭を手に入れた際には、迷わず駄菓子屋に駆け込んで羊羹や飴玉を買い求めていた様子が記されています。
さらに、戦後になって名声を得た後の食生活を観察すると、彼の嗜好は「肉類」や「洋食」へと顕著に向かっています。大好物として挙げられていたのは「カレーライス」「豚肉のソテー」「とんかつ」であり、外食時にはこれらを嬉々として平らげていました。「ぼくは肉が好きだな。噛むと味が出るからな」といった飾らない発言も残されており、おにぎりという素朴な穀物食のイメージとは大きく異なる、濃厚な味覚への憧れを持っていたことが分かります。