日本初のテレビCmは放送事故だった?精工舎が仕掛けた歴史的真相

日本初のテレビCmは放送事故だった?精工舎が仕掛けた歴史的真相

日本初のテレビCmは放送事故だった?精工舎が仕掛けた歴史的真相についての真相をお届けします。

日本における民間テレビ放送の夜明けは、1953年(昭和28年)8月28日午前11時20分に訪れました。この日、日本初の商業テレビ局として日本テレビが開局し、同時に流れた記念すべき初代CMのスポンサー企業こそが、時計メーカーとして名高い服部時計店(精工舎、現在のセイコーグループ)です。

当時の大卒初任給が約8,000円から1万円程度だった時代に、白黒テレビ受像機の価格はおよそ20万〜30万円。一般庶民にとっては家一軒分に匹敵する超高級品であり、全国のテレビ契約数はわずか1,000台足らずに過ぎませんでした。街頭テレビに群衆が押し寄せるなか、服部時計店はラジオCMの成功体験をいち早く映像メディアへ展開すべく、社運を賭けてCM提供を決断したのです。

この歴史的な一歩を称え、日本民間放送連盟は2005年、8月28日を「テレビCMの日」と制定しました。今日の巨大な広告産業の原点は、まさにこの日に始まったと言えます。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。