東大後期日程の廃止が公式発表された当時、予備校界隈や受験生の間には大きな激震が走りました。公式発表資料や当時の学内検討プロセスの記録を紐解くと、東大後期が廃止された理由には、単なる選抜制度の見直しにとどまらない、東京大学が抱えていた構造的課題が存在していました。
最大の理由は、後期日程が実質的に「前期試験の不合格者による敗者復活戦」へと形骸化していた点です。後期日程の募集枠(文科・理科合わせて100名程度)に対して、出願者の大半は東大前期や他大学の医学部・難関学類を落ちた受験生で占められていました。その結果、入学者の学力特性が前期合格者と大きな差を持たず、「尖った異能を持つ学生の発掘」という本来の設置趣旨を果たせなくなっていたのです。
さらに、京都大学など他大学の後期日程や私立大学医学部との重複による「辞退率の読みにくさ」も大学運営上の深刻な課題でした。文部科学省が主導する高大接続改革の潮流も後押しとなり、ペーパーテストの一発勝負ではなく、高校時代の卓越した探究実績や国際的活動を多面的に評価する推薦入試(現・東京大学 学校推薦型選抜)への移行経緯が決定づけられました。