「どんな手を使ってもいいから今すぐこの痛みから逃れたい」という極限状態に追い込まれた時、ネットの体験談に背中を押されて手袋や素手で直腸内の便を掻き出そうとする自力摘便を試みる人がいます。しかし、これは医療現場の視点から言えば最も避けるべき行為です。
臨床現場で行われる「摘便」は、医師や看護師が解剖学的な直腸の走行を把握した上で、潤滑ゼリーを十分に使い、直腸粘膜を傷つけないよう愛護的に少しずつ便を崩していく高度な医療処置です。これを素人が手探りで無理に行うと、自身の爪や指の角度によって直腸粘膜を深く傷つけ、大量出血を引き起こす危険性があります。さらに、直腸周囲には自律神経が網の目のように張り巡らされているため、強い刺激によって急激な血圧低下や心拍数の減少を伴う「迷走神経反射」が誘発され、トイレの個室で意識を失い転倒・頭部打撲を起こすケースが実在します。
また、便が排出されない状態が数日間続き、硬便が完全に直腸を閉塞してしまう病態を糞便塞栓症(ふんべんそくせんしょう)と呼びます。単なる便秘の範疇を超えた医療介入必須の疾患であり、放置すると腸閉塞(イレウス)や腸管穿孔、腹膜炎などの生命に関わる重篤な事態に進行します。
以下の症状が見られる場合は、自力での解決を諦め、躊躇なく消化器科や肛門科、あるいは救急外来を受診してください。
- 便の塊は全く出ないのに、隙間から茶色い水っぽい液体や粘液だけが意志に反して漏れ出てくる(奇異性下痢)。
- 激しい下腹部痛に加え、吐き気、嘔吐、37.5度以上の発熱を伴っている。
- 冷や汗が止まらず、便座から立ち上がることができないほどの倦怠感やふらつきがある。
- いきんだ際に鮮血が便器一面に広がるほど出血した。