沖縄慰霊の日の起源は、1945年の太平洋戦争末期に繰り広げられた沖縄戦の局面に直結しています。米軍が慶良間諸島に上陸した3月下旬から始まった戦闘は、首里城地下の第32軍司令部を中心とした熾烈な攻防へと発展しました。戦況の悪化に伴い、日本軍は南部の島尻郡へと撤退を余儀なくされ、多くの住民を巻き込んだ凄惨な混戦へと突入していきました。
最終防衛拠点となった糸満市摩文仁の司令部壕において、1945年6月23日未明、牛島満司令官と長勇参謀長が自決を遂げました。軍の統率機関が消滅したこの出来事をもって、日本軍の「組織的戦闘が終結した」と位置づけられ、後の琉球政府時代(1961年)に「慰霊の日」として公式に定められたのが直接の由来です。
当時の軍指令には「最後の一兵まで戦え」という趣旨の訓令が残されていたため、指揮系統を失った部隊や民間人はその後も混乱と絶望の中に置かれることとなりました。この歴史的経緯から、6月23日は単なる戦勝・終戦の記念日ではなく、軍民問わず夥しい命が奪われた痛恨の記憶を刻み、鎮魂を祈る日として位置づけられています。