1982年のデビューから約6年半、シングル28枚をリリースし常にヒットチャートの最前線を走り続けたシブがき隊は、1988年11月2日、国立代々木競技場第一体育館で行われたコンサートをもって活動に終止符を打ちました。彼らが選んだ言葉は「解散」ではなく「解約」。ファンとの契約を満了し、次のステージへ進むという彼ららしい宣言でした。
当時からメディアを賑わせていたのが「メンバー間の不仲説」です。後年のインタビューや回顧録において、メンバー自身も当時のリアルな関係性を赤裸々に語っています。10代半ばから共同生活を送り、四六時中寝食を共にする中で、仕事の移動中や楽屋でほとんど会話を交わさない時期があったことは事実でした。
しかし、決定的な解約理由は単なる感情的な対立ではありません。20代前半を迎えた3人のあいだで、将来目指すべきビジョンが明確に分かれたことが最大の要因でした。
司会者や情報番組のタレントとして確固たる地位を築きたい薬丸裕英、バラエティや親しみやすい俳優・タレント業を志向した布川敏和、そして本格的な役者・表現者として芸術性を突き詰めたいと願った本木雅弘。三者三様の強い自我とプロ意識が芽生えた結果、「シブがき隊というアイドル像」をこれ以上続けることはお互いの将来にとって足枷になると判断したのです。絶頂期に自らの手で幕を引いた決断は、彼らのプロフェッショナルとしての覚悟の表れでした。