奈良の鹿がこれほどまでに手厚く保護され、都市部で共生を続けている背景には、1300年を超える信仰の歴史が存在します。768年、春日大社が創建された際、茨城県の鹿島神宮から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が白鹿の背に乗って奈良の地へ降り立ったという伝説から、鹿は「神鹿(しんろく)」=神の使いとして不可侵の存在となりました。
かつては鹿を傷つけた者に厳しい処罰が科されるなど、信仰の力によって個体数が保たれてきましたが、明治維新や太平洋戦争の混乱期には密猟などで激減。一時はわずか数十頭程度にまで落ち込む絶滅の危機を経験しました。
地元住民や有志の手によって保護活動が本格化し、1957年には「奈良の鹿」として正式に国の天然記念物に指定されました。現在の生息頭数は、奈良の鹿愛護会による定期調査で約1,300頭〜1,400頭前後を推移しており、都市近郊で野生の大型草食動物が自由に暮らす世界でも極めて類を見ない生態系を維持しています。