宮廷の黄昏を象徴する怪人物として、今も怪談めいた逸話が絶えないのがグリゴリー・ラスプーチンである。血友病に苦しむ皇太子アレクセイの止血を祈祷によって成功させたことで、皇后アレクサンドラの絶大な信頼を獲得したシベリア出身の祈祷僧。彼が皇帝一家を操り、国家を破滅へ導いたという言説は広く信じられてきた。
しかし、近年の歴史分析は異なる側面を照らし出している。ラスプーチンを「悪魔的な怪僧」へと仕立て上げたのは、彼によって宮廷から排除された貴族や政治家たちによる意図的なプロパガンダだった。ユスポフ公爵らによる暗殺劇の背後には、皇室の権限縮小を狙う特権階級の焦燥と保身が渦巻いていた。宮廷内の醜悪な権力闘争を覆い隠すための格好のスケープゴートとして、怪僧伝説は消費されたのである。