島津製作所・田中耕一の挑戦|ノーベル賞が開いた医療革命の道

島津製作所・田中耕一の挑戦|ノーベル賞が開いた医療革命の道

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京都の老舗分析機器メーカーである島津製作所で、当時20代だった田中耕一氏が取り組んでいたのは、極めて困難なタンパク質の分析実験だった。高分子化合物は強いレーザーを照射すると一瞬で分子構造が破壊されてしまい、正確な重量を測定することが不可能とされていた。既存の科学的常識が「不可能な壁」として立ちはだかっていた時代である。

ブレイクスルーは偶然の事故から生まれた。試薬の調合中、本来混ぜるはずのないグリセリンを金属微粉末に誤って混入させてしまったのだ。高価な試薬を廃棄することをためらった田中氏は、「捨てるくらいなら」とそのまま実験装置にセットしてレーザーを照射した。すると、破壊されることなくイオン化された大分子タンパク質のデータがモニターに浮かび上がった。失敗を単なるミスで終わらせず、異変を見逃さなかった現場の洞察力こそが、新技術創造の真の原動力となった。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。