芸能界への強い憧れを抱きながらも、思春期に直面したジェンダーの違和感は、はるなさんの進路を大きく揺さぶりました。高校中退後、彼女は自分らしく生きられる場所を求め、大阪や六本木のショーパブの世界へ飛び込みます。
当時、性同一性障害という言葉は社会的に認知されておらず、医療機関での性別適合手術(性転換手術)に対するハードルも極めて高い時代でした。報道各社のインタビューや自著の手記によると、19歳の時に激しい覚悟を持って性転換手術(性別適合手術)を受けました。肉体的・精神的な激痛や将来への不安に耐えながら、「大西賢示」という過去に別れを告げ、女性として生きる道を自ら切り拓いた瞬間でした。
手術後の1990年代半ばからは「春菜愛」名義で関西を中心にタレント活動を開始。人気Vシネマシリーズ『難波金融伝 ミナミの帝王』などにも出演し、着実に芸能界でのキャリアを積み重ねていきました。決して平坦な道のりではなく、偏見や差別と戦いながら、自らの才能と愛されるキャラクターを磨き続けた時代です。