過酷な診断と治療を乗り越え、現在も第一線で活動を続ける表現者たちの姿は、多くの罹患者に勇気を与え続けています。公の場で病歴を明かし、社会へメッセージを発信し続ける主な著名人の歩みと現在の様子を取材資料から振り返ります。
原千晶さんは、30代で2度のがんを経験しました。2005年に子宮頸がん(上皮内がん)の診断を受け、子宮頸部円錐切除術を選択。しかし、その後の経過観察を怠ってしまった経緯から2009年に子宮体部と子宮頸部の境界にがんが再発。2010年に子宮および卵巣の全摘出手術を受けました。自著や特番インタビューで語られた「検診から足が遠のいてしまったことへの後悔」を原動力に、婦人科がんサバイバーを支援する「よつばの会」を設立。現在も代表として全国での講演や患者の心のケアに力を注いでいます。
タレントの向井亜紀さんは、2000年に待望の妊娠が判明した直後、進行した子宮頸がんが発見されました。「命をとるか、出産をとるか」という究極の選択を迫られ、母体の命を最優先にするため広汎子宮全摘出術を決断。その後、米国での代理母出産を経て双子の母となり、自身の壮絶な闘病記を出版しました。現在は情報番組のコメンテーターや講演活動を通じて、いのちの大切さを精力的に伝え続けています。
女優の仁科亜季子さんは、1999年に子宮頸がんを発症し、広汎子宮全摘出手術を受けました。その後も胃がんなど複数のがんを経験しながらも克服し、現在は厚生労働省のがん検診受診率向上プロジェクトなど、公的な啓発アンバサダーとして全国を飛び回り、健診受診の重要性を呼びかけています。
一方で、過去にはZARDのボーカル・坂井泉水さんのように、子宮頸がんの摘出手術後に肺への転移が見つかり、闘病生活の最中に不慮の事故で亡くなったケースもあります。早期治療の成否が生死を分ける病であることを、これらの歴史が物語っています。