さんじゅうろうが全国区の知名度を獲得する契機となったのが、2018年秋に発生した「脱走騒動」でした。同年7月の西日本豪雨の直後、観光客が激減して深刻な打撃を受けていた備中松山城にひょっこりと姿を現した一匹の猫。人懐っこい性格で観光客や関係者を癒やし、豪雨被害からの復興の象徴として「12月16日に正式な城主就任式を執り行う」と発表された矢先の11月4日、突如として城から姿を消してしまったのです。
当時の報道各社の記録や現場スタッフの回想録によれば、現地は騒然となり、観光協会職員や地元ボランティアによる山狩りに近い大規模な捜索活動が展開されました。市内全域へのチラシ配布や情報提供を呼びかけるSNSの発信が連日行われ、捜索劇は全国ニュースでも連日大きく報道される事態へと発展しました。失踪から19日目となる11月23日、城から約3キロメートル離れた城下町の民家敷地内で無事に保護された際、現地対策本部には安堵の涙が溢れたと伝えられています。
この騒動の背景には、実に感動的な人間ドラマが存在していました。実はさんじゅうろうには元々の飼い主がおり、本名は「さんた」という飼い猫でした。西日本豪雨の混乱期に自宅から逃げ出し、自力で山を登って城に住み着いていたのです。保護後に元飼い主のもとへ戻る選択肢もありましたが、当時の特番インタビューや手記において元飼い主は、「これほどまでに高梁の町の人々や全国の観光客に愛され、復興の光になっているのなら、城に残って役目を果たしたほうがこの子の天命かもしれない」と語り、苦渋の決断の末に観光協会への正式譲渡を承諾しました。この無償の地域愛と英断こそが、今日の猫城主誕生の決定的な分水嶺となったのです。
また、「さんじゅうろう」という名前の由来にも深い歴史的必然性があります。元々の愛称「さんた」の響きを残しつつ名付けられたこの名は、幕末の動乱期に新選組の七番隊組長を務めた谷三十郎(たに さんじゅうろう)に由来しています。谷三十郎は、備中松山藩の藩医の家に生まれた実在の武士であり、藩校で武術を修めたのちに脱藩して新選組へと身を投じた人物です。歴史の街・高梁の誇る偉人の名を冠したことで、単なるマスコットにとどまらない、本物の歴史遺産にふさわしい風格が備わることとなりました。