ネット上の回顧記事やSNSの投稿において、現在でも根強く囁かれている言説があります。「投稿写真雑誌に載っていた写真は、すべて事務所の息がかかったモデルを使った『やらせ』だったのではないか」という疑惑です。しかし、出版史と業界関係者の証言を総合すると、この見解は半分正しく、半分は誤りであることが分かります。
創刊初期から1980年代後半の全盛期において、掲載されていた写真の大半は間違いなく一般読者からの純粋な投稿でした。謝礼として掲載者に送られた数千円の定額小為替や粗品(特製テレホンカードやステッカー)を目当てに、無数のアマチュアカメラマンや学生が熱心に写真を送付していたのです。当時はプライバシーや肖像権に対する法意識が社会全体で未成熟であり、「雑誌に載ること=ちょっとした有名人になれる名誉」と捉えるおおらかな空気が確かに存在していました。
しかし、1990年代に入り部数競争が先鋭化すると、誌面の様相は一変します。読者からの自然な投稿だけでは他誌との差別化が難しくなり、編集方針が過激化するにつれて、モデル事務所のレッスン生や撮影会モデルに謝礼を支払って素人風に撮影させた「仕込み(やらせ)写真」が誌面のかなりの割合を占めるようになりました。さらに、セミプロのアマチュアカメラマン集団が介在し、組織的に撮影されたストリートスナップが供給されるシステムが構築されていったのです。
また、もうひとつの盲点は正統派の「カメラ雑誌フォトコンテスト」との関係性です。『アサヒカメラ』『日本カメラ』あるいは現在の『PHOTOSAI』といった写真専門誌の月例フォトコンテストは、構図、ライティング、現像技術、作家性といった「写真表現の芸術性」を審査・顕彰する場でした。対して投稿写真雑誌が求めたのは、写真としての完成度ではなく「被写体のリアリティ」「日常の覗き見感」「同時代的な共感」でした。両者は同じ「一般投稿による写真ページ」を持ちながら、根本的な思想と文脈が完全に異なるパラレルワールドだったと言えます。