太陽の塔を理解する上で避けて通れないのが、1970年大阪万博の歴史と経緯です。当時、テーマ館のプロデューサーに就任した芸術家・岡本太郎は、国や産業界が掲げた公式テーマ「人類の進歩と調和」に対して強烈な違和感を抱いていました。技術至上主義や経済成長ばかりをもてはやす風潮は、人間本来の生命力を削ぎ落とし、無機質なロボットのように均一化させてしまうのではないかという危機感を持っていたのです。
生前の著作や記録映像において、岡本太郎は「調和とは、妥協しておとなしくまとまることではない。強烈な個と個がぶつかり合い、矛盾を抱えながら爆発することだ」と繰り返し語っています。近代建築の巨匠・丹下健三が手掛けた、機能美の極致である透明な大屋根(スペースフレーム)をあえてぶち破る形で異形の巨塔を突き刺した行為は、近代合理主義に対する宣戦布告に他なりませんでした。
岡本太郎が着想の源泉としたのは、弥生文化的な洗練や静寂ではなく、荒々しく呪術的なエネルギーを放つ縄文土器の美学でした。文明の進化を誇る巨大パビリオン群の真ん中に、太古の土着神のような塔を屹立させることで、「人間は進歩によって本当に豊かになったのか」という根源的な問いを投げかけたのです。