江古田の森公園が位置する土地の変遷を紐解くと、近代日本の公衆衛生と医療の歴史が色濃く刻まれています。この地にはかつて、1920年(大正9年)に東京市が開設した結核療養施設「東京市療養所」が存在していました。当時、結核は「不治の病」として恐れられており、澄んだ空気と豊富な樹林に囲まれた江古田の台地は、療養に最も適した環境として選定された経緯があります。
戦後、同施設は厚生省へと移管され「国立療養所中野病院」と改称。半世紀以上にわたり呼吸器系疾患の専門医療機関として多くの患者の命を支え続けました。その後、国の医療再編計画に伴い、1993年(平成5年)に国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)等へと統合移転され、広大な医療機関としての役割に終止符が打たれました。
中野区の都市整備資料によると、病院移転後の跡地活用をめぐっては長期にわたる議論が重ねられました。結果として、旧北江古田公園の区域を大幅に拡張・再編する形で、敷地内に「東京総合保健福祉センター江古田の森」などの保健福祉施設を誘致。医療と福祉の記憶を継承しながら、既存の豊かな樹林帯を最大限に保存した防災公園として再整備され、2007年(平成19年)4月1日に現在の「中野区立江古田の森公園」が開園しました。地域の命を守ってきた歴史は、現在も「災害時の避難場所・救援拠点」という形で受け継がれています。