医学的な問いとして頻繁に投げかけられるのが「胎児性アルコール症候群は治るのか」という疑問です。冷徹な現実として、胎生期に壊死・欠損した中枢神経細胞を元の完全な状態に再生させる根本治療薬は、現在の先端医学にも存在しません。一度刻まれた器質的障害は、不可逆なものとして生涯背負い続けることになります。
小児医療や精神科の追跡データによると、幼少期に見られた特徴的な顔立ち(短い目や薄い上唇)は、第二次性徴を経て大人になる過程で輪郭が変化し、周囲から一見して目立たなくなるケースが珍しくありません。しかし、本質的な苦難は外見ではなく「脳の機能不全」として社会生活の中で激化します。
臨床の現場では、FASDの成人患者がADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)と酷似した行動特性を示すことが広く報告されています。実行機能の障害による金銭トラブル、時間の管理不全、抽象的な概念の理解困難、感情の爆発(易怒性)などです。ある児童精神科医の手記には、次のような臨床観察が克明に綴られています。
「本人は至って真面目に生きようとしている。しかし、約束を守ることや段取りを組む脳の回路が物理的に欠如しているため、社会に出てから『怠慢』『非常識』と激しく非難され、二次障害として重度のうつ病やアルコール依存症に沈んでいくケースが後を絶たない」
治らない障害であるからこそ、早期に診断を受け、本人の特性に応じた療育や就業支援といった「環境の構造化」を整えることが、当事者の破綻を防ぐ唯一の生命線となります。