藤本健二氏の特異な半生を理解するうえで欠かせないのが、北朝鮮最高指導部との密接な関係性です。藤本健二の経歴を遡ると、1982年に板前として初めて北朝鮮へ渡航。寿司職人としての卓越した腕前が認められ、1989年には金正日総書記の専属料理人として正式に抜擢されました。
単なる料理人の枠を超え、金正日氏の私的な宴席に常に侍り、後継者となる前の若き日の金正恩氏の遊び相手や相談役を務めたことは、自著や当時の報道でも生々しく語られています。1990年代の北朝鮮中枢における権力構造や指導者一家の私生活を直接目撃した唯一の日本人として、その存在は極めて特異な位置を占めていました。
2001年に身の危険を感じて日本へ脱出した藤本氏は、顔をバンダナとサングラスで隠しながらメディアに出演し、北朝鮮の内情を告発する手記を相次いで出版。その後、金正恩体制が発足した2012年に電撃的な再訪朝を果たし、指導者となった金正恩氏と涙の再会を果たしたことで、再び世界中の注目を集めました。