世耕氏のキャリアにおいて最大の転換点となったのが、2023年末から表面化した政治資金問題です。自民党最大派閥であった清和政策研究会(安倍派)における政治資金パーティー収入のキックバック(還流)および収支報告書への不記載を巡り、派閥の最高幹部「5人衆」の筆頭格であった世耕氏にも厳しい世論の批判が集中しました。
2024年4月、自民党党紀委員会は世耕氏に対し、党規約上2番目に重い処分である「離党勧告」を下しました。世耕氏は処分決定の直後に自民党を離党。記者会見において「派閥の幹部として、国民の政治不信を招いた責任を痛感している」と沈痛な面持ちで語り、深々と頭を下げた姿は全国に中継されました。
検察の捜査において世耕氏本人は不起訴(嫌疑不十分)となったものの、長年派閥の資金管理や運営に関与してきた立場としての政治的・道義的責任は免れませんでした。自著や当時の関係者証言によると、世耕氏は「派閥の慣習として続いていた資金還流の構造を抜本的に改められなかったことが最大の痛恨事」と振り返っています。
この離党劇は、安倍晋三元首相の最側近として長期政権を支え、将来の首相候補の一角と目されていた政治家にとって、まさに天国から地獄への転落とも言える過酷な試練でした。しかし、この逆境こそが衆院選での単独出馬という背水の陣を選ばせる原動力となったのです。