Q1:奴国の王様の名前は歴史書に残っていますか?
A1:残念ながら、西暦57年に金印を受け取った奴国王の個人名は『後漢書』にも記録されていません。使者は自らを「大夫(卿)」と名乗ったと記されていますが、王自身の名前は不明です。一方、3世紀の『魏志倭人伝』には奴国の官職名として長官「兕奴蘇(ジナソ)」、副官「卑奴母離(ヒノモリ)」という役職名が記録されています。
Q2:教科書で見る「漢委奴国王」の正しい読み方は?
A2:教科書等で最も一般的な読み方は「かんのわのなのこくおう」(漢の委=倭の奴の国王)です。「漢の皇帝が、倭(日本)に属する奴国の王として認めた」という意味に解釈されます。異説として「かんのいどこくおう(漢委奴=伊都国)」とする説もありますが、現在の学界では「倭の奴国王」と読む解釈が圧倒的な通説となっています。
Q3:金印の実物は現在どこで見ることができますか?
A3:金印の実物は、福岡県福岡市早良区にある「福岡市博物館」の国宝展示室に常設展示されています。原則としていつでも本物を鑑賞できます(休館日を除く)。また、発見地である志賀島(福岡市東区)には「金印公園」が整備され、金印をかたどった記念碑が建てられています。