日本の鍋料理の中でも、すき焼きほど地域性による調理アプローチの断絶が激しい料理はありません。いわゆる関西風と関東風の調理法の相違です。関東風のルーツは明治初期に流行した「牛鍋(ぎゅうなべ)」にあり、あらかじめ調合した割り下を鍋に注ぎ、肉と野菜を同時に煮込む均一な調理スタイルをとります。これに対し、関西風は熱した鉄鍋に牛脂を塗り、まず肉を広げて表面を焼き、直接砂糖と醤油を振りかけて肉そのものを味わった後、野菜から出る水分を利用して炊き上げていくという、極めてダイナミックな「焼き」の手順を踏みます。食文化研究者の報告でも、肉を単独の料理として味わう関西の美意識と、出汁文化と煮炊きを重んじる関東の合理性が色濃く反映された結果であると位置づけられています。
そして、すき焼きに欠かせない生卵につける理由には、単なる味の好みを越えた複数の合理的根拠が存在します。江戸末期から明治期にかけて牛肉食が解禁された際、庶民にとって獣肉の独特な臭みを和らげるマスキング役として卵が重宝された歴史的背景があります。さらに機能的な側面として、鉄鍋から引き上げたばかりの灼熱の肉を常温または冷えた生卵にくぐらせることで、口腔内の火傷を防ぐ「温度調整」の役割を果たしています。濃厚な甘辛さによる舌の疲労(味覚麻痺)を卵黄の脂質とレシチンがまろやかに包み込み、次の一口を新鮮に感じさせる乳化コーティングの作用も見逃せません。
こうしたすき焼きの歴史と発祥の経緯が、江戸時代の農具である「鋤(すき)」の上で肉を焼いた野趣あふれる起源や文明開化の熱気と結びついているのに対し、しゃぶしゃぶの歩みは驚くほど近代的です。第二次世界大戦後、中国の伝統料理「刷羊肉(シュワンヤンロウ=薄切り羊肉の湯通し鍋)」に着想を得た京都や大阪の料理人たちが、日本人向けに牛肉を用いて開発したのが始まりとされています。1952年に大阪の老舗「スエヒロ」が自店の料理として「しゃぶしゃぶ」を商標登録したことで全国へ波及しました。伝統の野性味を色濃く残すすき焼きと、戦後の衛生観念や国際感覚から生まれた洗練のしゃぶしゃぶという出自の違いが、今日のスタイルの差を決定づけています。