大蔵大臣の廃止と大蔵省の解体から四半世紀が経過した現在、ネット上や政財界では「あの改革は本当に正しかったのか」という再検証が絶えません。SNSやネットコミュニティ、経済関係者の証言を分析すると、世論は今なお真っ二つに割れています。
国民の感情として圧倒的だったのは、「腐敗したエリート官僚への鉄槌」としての留飲を下げる感覚でした。当時を知るベテラン記者は次のように回顧しています。
「1990年代末、大蔵省は国民の敵でした。民間銀行を手玉に取り、夜な夜な接待漬けになりながら自らの失政を隠す姿に、国民は激怒していた。大蔵省という看板を外させ、金融検査を完全に引き剥がしたのは、民主主義の信頼を取り戻すために不可避の外科手術だった」
一方で、現代の金融アナリストや元官僚の間では、「財金分離」によって失われた機動力を惜しむ声も根強く存在します。大蔵省が予算と金融を一元管理していた時代は、ひとたび金融危機が起きれば、主計局の予算措置と銀行局の行政指導を密室で一体運用し、スピーディーに危機を封じ込めることができました。しかし分離後は、財務省と金融庁の連携に時間がかかり、日本経済が「失われた30年」と呼ばれる長期停滞へ沈んでいく一因になったのではないかという論争が今なお続いています。