天知茂(本名・臼井登)は1931年(昭和6年)3月4日、愛知県名古屋市に生まれました。映画界への第一歩は、1949年に設立間もない映画会社・新東宝の第1期ニューフェイス(スターレット)へ合格したことでした。しかし、同期の中で突出して華々しい役がすぐに回ってきたわけではありません。同期生たちが次々と主役級に抜擢される傍らで、天知はセリフの少ない端役や通行人といった長い下積み生活を余儀なくされました。
不遇の時代を支えたのは、持ち前のストイックさと研ぎ澄まされた演技への執念でした。端役であっても現場の空気を観察し、自らの立ち居振る舞いを徹底的に研究。その陰影に富んだ顔立ちと鋭い眼光は、やがて映画監督たちの目に留まるようになります。1950年代後半、新東宝がサスペンスや怪談、アクション路線へと舵を切るなかで、天知の「影のある個性」は強烈な武器へと変わっていきました。
1961年の新東宝倒産後は、大映、松竹、東映など各社を渡り歩きながら、時代劇や現代劇の双方で欠かせない性格俳優としてキャリアを確立。映画黄金期の荒波を己の腕一本で潜り抜け、テレビドラマという新たな巨大メディアの主役へと躍り出ていくことになります。