佐吉の長男であり、国産乗用車の開発に命を賭した豊田喜一郎。彼こそがトヨタ自動車の事実上の創業者だ。喜一郎の代になると、豊田家の婚姻関係は一気に日本のハイソサエティの中心へと切り込んでいく。
喜一郎が伴侶に選んだのは、老舗百貨店・高島屋の創業一族である飯田新七の長女・二十子(たかこ)だった。当時、最先端のモダニズムと流通網を握っていた高島屋との縁組は、創業期のトヨタにとって大きな信用力となった。技術の佐吉、経営と資金調達の利三郎、そして事業化の喜一郎。そこに伝統的商人の血が混ざり合うことで、豊田家は一地方の発明家グループから、日本を代表する名門閨閥への第一歩を踏み出したのである。