日本へ帰国した後の生活は、まさに困窮の極みでした。埼玉県内の古いアパートに身を寄せた一家の暮らしは厳しく、エアコンが壊れても買い替えられない猛暑の日々や、日々の食費をギリギリまで切り詰める過酷な母子家庭生活が続きました。
母親の美江さんは、子どもたちを飢えさせまいと、昼間は事務や工場のパート、夜は飲食店でのアルバイトと、睡眠時間を削ってダブルワーク・トリプルワークをこなしました。そんな極限状態の中でも家庭の空気を決して暗くしなかったのが、ままるん流のバイタリティです。
バラエティ番組でも度々ネタにされているのが、過酷な日々の合間に見せたパチンコにまつわる豪快エピソードです。極度のストレスと疲労を抱える中、「生活費を少しでも増やしたい」「束の間の息抜きをしたい」とパチンコ店へ足を運んでいたエピソードは、時に笑いを交えつつも、当時のギリギリの生活感をリアルに物語る逸話として語り継がれています。