伊原六花の高校時代は何が凄かった?登美丘バブリーダンス秘話と現在

伊原六花の高校時代は何が凄かった?登美丘バブリーダンス秘話と現在

伊原六花の高校時代は何が凄かった?登美丘バブリーダンス秘話と現在とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを簡潔に解説します。

伊原六花さんが通っていたのは、ダンスの強豪校として全国にその名を知られる大阪府立登美丘高等学校です。同校ダンス部は部員数が約90名に達する大所帯であり、彼女はその頂点に立つキャプテン(部長)としてチームを束ねていました。

当時、振付・指導を担当していたのは同校ダンス部OGでもある振付師のakaneコーチ(アカネキカク主宰)です。akaneコーチの指導は妥協を許さないことで知られ、ミリ単位の角度調整や細かな視線の配り方、ステップのタイミングに至るまで徹底的な反復練習が課されていました。平日放課後はもちろん、休日には1日10時間を超えるハードな練習が日常茶飯事であり、体育館には部員たちの掛け声と激しい足音が響き続けていました。

その過酷な環境下で誕生したのが、荻野目洋子さんのヒット曲を用いた「ダンシング・ヒーロー」のバブリーダンスです。1980年代のバブル景気を彷彿とさせる原色のスーツに身を包み、トサカ前髪と濃いメイクで激しく踊るパフォーマンスは、2017年8月に開催された「第10回日本高校ダンス部選手権(ダンススタジアム)」全国大会で準優勝を獲得。優勝こそ同志社香里高校に譲ったものの、その圧倒的な完成度とインパクトは観客と審査員の度肝を抜きました。

大会後にYouTubeで公開されたプロモーションビデオ風のダンス動画は、公開からわずか数ヶ月で数千万回再生を記録。音楽番組への出演オファーが殺到し、第59回日本レコード大賞特別賞の受賞や、同年の『第68回NHK紅白歌合戦』で郷ひろみさんとのコラボレーションを果たすなど、高校の部活動としては異例の社会現象へと発展していきました。

中川 明日香
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中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。