『暴れん坊将軍』の代名詞といえば、吉宗が普段は「貧乏旗本の三男坊・徳田新之助(通称:新さん)」と名乗り、市井のめ組の居候として長屋に出入りしている設定です。しかし、歴史学の観点から見れば、現役の将軍が単身で江戸城を抜け出し、町屋で庶民と酒を酌み交わすことは物理的・防衛的に100%不可能でした。
徳川将軍の日常生活は厳格な儀礼と24時間体制の側近・小姓による監視下にあり、城外へ出る外出(御成)には何百人もの警護と数カ月前からの入念な準備を要しました。万が一にも将軍が市中で行方不明になったり浪人に斬り殺されたりすれば、幕府の威信は失墜し国家の存亡に関わります。そのため、「徳田新之助」という人物およびその身分は、脚本家陣が創り出した痛快無比なフィクションです。
また、吉宗の精神的支柱として描かれる町火消「め組」の頭・辰五郎(北島三郎)との固い友情も創作です。史実における吉宗は、南町奉行の大岡越前守忠相に命じて「町火消(いろは四十八組)」制度を1718年に創設させた当事者ですが、現場の頭領たちと個人的な親交を結んだ記録はありません。劇中で繰り返される「余の顔を見忘れたか」「上様がこのような所に来られるはずがない」という定番の問答は、視聴者のカタルシスを最大化するために緻密に計算された演出様式美なのです。