ネット上の考察や一部のカジュアルな言説では、「童磨は女性ファンに人気の美形キャラだから、人気声優の宮野真守が選ばれただけでは?」という表面的な見方がなされることがあります。しかし、これは作品構造と声優の演技論を見誤った大きな誤解です。
童磨というキャラクターの本質は、「救済という美名のもとに他者を貪る絶対的な空虚」にあります。怒りや憎しみ、哀しみといった動機から悪行に走る他の鬼たちとは異なり、童磨には悪意すらありません。本気で「死ねば苦しみから解放されて自分の体の一部になれるから幸せ」と信じ込んでいる点こそが、最大の恐怖なのです。
もし単に「冷徹なイケメン」として演じてしまえば、童磨の持つグロテスクな純粋さは失われてしまいます。宮野真守氏はラジオ番組や舞台等で見せる抜群のコメディセンスや人懐っこいキャラクター性を逆手に取り、「一見すると誰よりも親しみやすく陽気なお兄さんなのに、瞳の奥に何の光も宿っていない」という高度な二面性を声の演技だけで構築しています。この演出意図を汲み取れる役者は、現代の日本声優界でも極めて限られているのが実情です。