斉藤仁という柔道家を語るうえで、絶対に外せない存在が山下泰裕氏です。昭和から平成にかけて柔道界の頂点に君臨し、203連勝という前人未到の記録を打ち立てた絶対王者に対し、生涯で最も肉薄し、最も苦しめたのが斉藤氏でした。
公式戦での対戦成績は山下氏の8戦全勝。数字だけを見れば山下氏の圧倒的優位に見えますが、実態は全く異なります。試合のたびに斉藤氏は山下氏の右足を封じ、左奥襟を巡る熾烈な攻防を繰り広げました。1985年の全日本柔道選手権決勝では、旗判定が2-1に割れる歴史的接戦を演じ、山下氏に「もう二度と戦いたくない」と言わしめたほどです。
山下氏が28歳で現役引退を表明した際、斉藤氏は記者会見の裏で悔し涙を流したと伝えられています。「もう一度戦って、必ず勝ちたかった」という執念の裏には、山下氏という巨大な目標がいたからこそ自分は強くなれたという深い敬意がありました。後年、単行本『柔の道 斉藤仁さんのこと』(講談社刊)が刊行された際にも、山下氏は「私にとって、最大にして最高のライバル」と追悼の辞を寄せています。互いを認め合っていた二人の関係は、勝敗を超越した崇高な武道の絆そのものでした。