彼女の歩みを語る上で避けて通れないのが、能年玲奈 改名理由と、古巣であるレプロ契約問題の経緯、そして事務所独立の真相です。発端は2015年、所属していた大手芸能プロダクション「レプロエンタテインメント」との間で生じたマネジメント方針の不一致でした。当時の一部週刊誌は、彼女が私淑する演技指導者の女性と共に個人会社を設立したことを「洗脳騒動」などとセンセーショナルに書き立て、世論を巻き込む大バッシングへと発展しました。
しかし、関係者の証言やその後の報道検証によれば、事態の本質は表現者の自立と過酷な専属契約をめぐる労使の対立でした。契約期間満了に伴う更新拒否を申し出た能年側に対し、事務所側は正当なマネジメント権を主張。2016年6月の契約満了直後、彼女は突如として芸名をひらがなの「のん」に改名せざるを得なくなりました。これは、旧事務所との契約条項に含まれていた「本名を含む芸名の独占的使用権」に関する法的な紛争を回避し、活動を即座に再開するための苦渋の決断だったとされています。
この一連の騒動は、単なる一タレントの独立問題にとどまりませんでした。2019年、公正取引委員会が芸能事務所による独立タレントへの移籍制限やテレビ局への圧力について、独占禁止法違反(不公正な取引方法)につながるおそれがあるとして業界全体に注意喚起を実施。この公取委の英断の背景には、SMAP解散騒動と並び、能年玲奈に対する不自然なメディア露出の制限が存在していたことは公知の事実です。日本のエンターテインメント産業が近代的なエージェント制へと脱皮するための、歴史的な転換点となった事件でした。