『ムーンライト伝説』の歌詞を手掛けたのは、ZARDやWANDS、TUBEなど数多くのビーイング系ヒット曲を生み出した作詞家・小田佳奈子氏です。曲の冒頭、哀愁を帯びたブラスとストリングスに続いて歌われる以下のフレーズは、当時の子ども向けアニメ主題歌の常識を根底から覆すものでした。
「ごめんね 素直じゃなくて 夢の中なら言える 思考回路はショート寸前 今すぐ会いたいよ」
ここで使われている「思考回路」や「ショート」という言葉は、本来は電子工学やコンピュータの専門用語です。1990年代初頭というパーソナルコンピュータやデジタル機器が一般家庭に普及し始めた過渡期において、冷徹な機械用語と「激しい恋心」という極めて人間的・感情的な衝動を衝突させた点に、小田氏の卓越したセンスが光ります。
心理学・認知科学の観点から分析すると、この状態は「扁桃体ハイジャック(感情の暴走による理性の麻痺)」および「認知的過負荷(Cognitive Overload)」を見事に言語化したものと言えます。好きな人を想うあまり、脳内のワーキングメモリが飽和し、論理的な思考(思考回路)が限界を迎えて焼き切れそうになる(ショート寸前)――。自意識と衝動の間で揺れ動く思春期のリアルな感情を、これ以上ない解像度で描き出しています。
単なる「大好き」「会いたい」という直接的表現を避け、自らのコントロールを失いかけている危機感を工学的メタファーで表したからこそ、大人のリスナーにも刺さる文学的深みが生まれたのです。