ネット上の簡易なあらすじやまとめ記事だけを目にした読者の間で、しばしば「昼ドラのような女同士の泥沼復讐劇」と片付けられてしまう誤解が存在します。しかし、これは作品の真価を大きく見誤った皮相的な見方と言わざるを得ません。
本作の最大の盲点は、史緒も萌も「相手の足を引っ張って自分が勝つこと」を目的としていないという点です。萌は史緒を陥れるために陰湿な工作を弄しますが、それは史緒の歌そのものを否定したいからではありません。むしろ、史緒の圧倒的な歌唱と才能を誰よりも正確に認識しているからこそ、正攻法では敵わない恐怖に駆られて謀略を仕掛けるのです。
史緒側も同様です。萌の卑劣な罠によって父を失い、家を追われ、どん底に突き落とされながらも、舞台上で萌が放つ「魂を削る歌声」に対しては、芸術家としての敬意を一度たりとも否定しませんでした。二人が戦っていた相手は、互いの背後にある「己の限界」と「運命の理不尽さ」でした。安っぽい勧善懲悪に逃げず、愛憎の果てに「共鳴」へと昇華させた構造こそが、本作が少女漫画の枠を飛び越えて名作と称えられる最大の論拠です。