なぜ知識層から一般庶民に至るまで、日本中がこの好戦的な言葉に同調してしまったのでしょうか。社会心理学やコミュニケーション理論の観点から分析すると、そこには人間が無意識に囚われてしまう3つの強力な心理的トラップが仕掛けられていました。
1. 被害者意識の反転(被害者ナラティブ)
当時、通州事件(通州で日本人居留民が中国保安隊に虐殺された事件)などの惨劇がセンセーショナルに報じられたことで、国内世論には「先に理不尽な暴力を受けたのは我々日本人である」という痛烈な被害者意識が共有されました。心理学において、集団が自らを「絶対的な被害者」と認知した瞬間、自らが行う暴力や加害行動はすべて「正当防衛」または「正当な復讐」として道徳的に肯定されてしまいます。「暴支膺懲」はまさに、自らの攻撃性を正当化するための完璧な免罪符として機能しました。
2. 敵の脱人間化と内集団バイアス
「暴戻」という言葉は、相手が話し合いの通用しない野蛮で理不尽な存在であるというレッテルを貼る効果を持ちます。相手を対等な対話者ではなく「懲らしめるべき対象」と定義することで、相手の主権や人権、固有の歴史的背景への配慮を遮断します。自集団(日本)の文明的優位性と道義的正しさを信じ込み、外集団(中国)を道徳的に劣位に置く認知的歪みが、国家規模で固定化されたのです。
3. 言語的フレーミングによる理性の麻痺
国家間の全面武力衝突を「事変」と呼び、戦争遂行を「膺懲(懲罰)」と言い換えるレトリックは、軍事行動の持つ悲惨さや国際法上の重大性を巧妙に覆い隠しました。「戦争をしているのではなく、不届き者を叱りに行っているだけだ」という錯覚は、国民から戦争回避への危機感を奪い、短期決戦で容易に屈服させられるという致命的な油断を生み出しました。