金田正一の現役時代には、「先発して完投した翌日にリリーフ登板した」「ブルペンで投げるくらいなら試合で投げて肩を作る」といった豪快な逸話が溢れています。当時のスポーツ紙面や自著での告白を精査すると、そこには単なる無茶な連投ではなく、時代を数十年先取りしていた徹底的な自己管理メソッドが存在していました。
昭和30年代、球界では「練習中に水を飲むな」「投球後は肩を冷やすな」といった根性論が主流でした。しかし金田は、投球後に左腕を冷水や氷で冷やすアイシングのような処置を独自に模索し、移動中も左腕を冷やさないよう常に特注のサポーターや温熱タオルで保護していました。さらに、飲食物へのこだわりは病的なほど徹底しており、以下のようなルールを頑なに守り通していました。
- 冷たい水や炭酸飲料は胃腸を冷やすため一切口にせず、常に温かい白湯か熱い茶を愛飲した。
- 自腹で最高級の牛肉やスッポンを取り寄せ、自炊に近い形で栄養バランスをコントロールした。
- 移動の列車内では他人が左腕側に座ることを極度に嫌い、網棚から荷物が落ちて左肩に当たるリスクを防ぐため通路側の席を徹底的に避けた。
- 「投手は下半身」を信念とし、全体練習後も深夜まで黙々と走り込みを重ねて強靭な足腰を維持した。
SNSやファンのコミュニティでは「昔の投手は肩が消耗品だと知らなかったから投げられた」という声が散見されますが、金田に関しては正反対です。自らの左腕が唯一無二の商売道具であることを誰よりも自覚し、周囲から変人扱いされるほど科学的かつストイックに身体を守り抜いていた事実が、長寿登板を可能にしました。