島倉千代子さんの生涯は、まさに事実は小説よりも奇なりを地で行く激動の連続でした。幼少期に負った左手の大怪我、16歳での華々しいデビュー、そして国民的スターへの駆け上がり。しかしその栄光の裏で、私生活は過酷を極めました。
元プロ野球選手との結婚と離婚、実子の人工中絶という悲痛な別れ。さらに彼女を最も追い詰めたのが、信頼していた知人やマネージャーによる裏切りでした。連帯保証人として背負わされた債務や手形トラブルが連鎖し、負債総額は利息を含めて16億円以上にまで膨れ上がったと言われています。
自宅を差し押さえられ、全国各地のキャバレーや地方公演を年間数百本規模で回りながら、島倉さんは愚痴一つこぼさず地道に借金を返済し続けました。「命までは取られない」「私には歌がある」。そんな極限状態を生き抜いた彼女の実体験があったからこそ、『人生いろいろ』の言葉の一つひとつに偽りのない魂の重みが宿ったのです。