二人の出会いは、岩隈氏が堀越高からドラフト指名を受け、大阪近鉄バファローズに入団した初期に遡ります。当時、チームの一軍打撃コーチ兼守備走塁コーチを務めていたのが、まどか夫人の父である広橋公寿氏でした。若手有望株として頭角を現しつつあった岩隈投手にとって、広橋コーチはプロの厳しさと技術を叩き込んでくれる恩師の一人でした。
球団関係者の親睦の席や食事会をきっかけに顔を合わせた二人は、自然な形で惹かれ合っていきます。当時、岩隈氏はまだ20歳そこそこの若手投手。しかし、二人の交際は決して浮ついたものではなく、当初から生涯を共にする決意が固められていました。岩隈氏は義父となる広橋コーチに対し、誠心誠意交際と結婚の意思を申し出たといいます。プロ野球の指導者が手塩にかけて育てる若手選手と、自身の愛娘との結婚――球界でも極めて異例の展開は、当時のスポーツ紙や週刊誌でも大きな話題を呼びました。
入籍は2002年12月。岩隈氏が21歳、まどか夫人が20歳という若さでした。当時の記者会見で岩隈氏は「彼女といると心が安らぎ、野球に没頭できる」と率直な心情を吐露。単なる恋愛感情を超え、過酷なプロの世界で生き抜くための精神的アンカーとして、若き右腕は生涯の伴侶を選び取ったのです。