大野智の人間性と感性の礎は、生まれ育った東京都三鷹市での日々にあります。
三鷹市立第二小学校時代の大野は、放課後になると絵を描くことに熱中し、友達と外を駆け回るごく普通の少年でした。幼少期から集中力が極めて高く、一度スケッチブックを開くと何時間も没頭する性質を持っていたといいます。スポーツ面ではバドミントンに親しみ、瞬発力やフットワークの基礎はこの時期に養われました。
1993年に進学した三鷹市立第二中学校ではバドミントン部に所属。部活動に励む平凡な中学生の日常が激変したのは、1994年10月16日(中学2年生の秋)のことです。母親が「どうせ受かるわけがない」と大野の知らぬ間にジャニーズ事務所へ履歴書を送付したことが、すべての始まりでした。
オーディション当日、本人は乗り気ではなく、会場の後方でやる気なさそうにリズムを取っていました。しかし、その無駄のない身体の動かし方と天性のリズム感を、事務所創業者であるジャニー喜多川氏が瞬時に見抜きます。「YOU、リズム感がすごくいいよ」と直接声をかけられ、見事に合格。ここからジャニーズJr.としてのキャリアが幕を開けました。
ネット上やファンの間で現在も「伝説的な美少年」と語り継がれる中学校の卒業アルバム写真には、整った顔立ちの中にどこか達観した、穏やかな視線をカメラに向ける大野の姿が収められています。目立つことを好まず、教室の隅で静かに存在感を放っていた中学生は、すでに自身の内なる世界と対話する準備を整えていました。