ミミズが鳴かないという科学的事実の一方で、日本の文化史において「ミミズの鳴き声」は極めて重要な情緒的役割を果たしてきました。
日本最古の随筆の一つである平安時代の『枕草子』(清少納言)の「虫は」の段には、すでに「蚯蚓(みみず)、いとあはれなり。秋の夜、声出だして鳴く」という記述が見られます。当時から人々は、姿を見せずに地中から細く物悲しく響く声をミミズのものと信じ、秋の哀愁を象徴する風物詩として愛でていました。
俳句の世界においても、「蚯蚓鳴く(みみずなく)」は秋の季語として定着しています。
- 「蚯蚓鳴く 六波羅蜜寺の 井戸の底」
- 「土深き 闇の底より 蚯蚓鳴く」
このように、科学的な誤認でありながらも、目に見えない土の闇に命の息吹を感じ取る日本人の繊細な自然観(アニミズム的感性)が、文学表現として結実した好例といえます。また、「ミミズにおしっこをかけると陰部が腫れる」という有名な俗信・ことわざも、土壌環境や目に見えない小動物への畏怖から生まれた教訓であり、ミミズという存在が常に神秘的なベールに包まれていたことを物語っています。