母の大谷加代子さんは、中学・高校時代にバドミントン選手として頭角を現し、強豪の神奈川県立横浜立野高校時代にはインターハイや国体への出場経験を持つ実力者です。三菱重工横浜に勤務していた時代に徹さんと出会い、結婚しました。
加代子さんは、翔平選手の幼少期にバドミントンの相手をすることも多く、ラケット競技特有の手首の使い方や空間認識能力、体幹の使い方が、後の「二刀流」の驚異的な柔軟性に影響を与えたとも言われています。
特筆すべきは、息子が世界的なスーパースターとなり巨万の富を得た後も、両親揃って「息子の稼いだお金には頼らない」という徹底した自立のスタンスを崩さなかった点です。加代子さんは長年続けてきたパート勤務を続け、生活水準を不必要に上げることなく、一貫して謙虚な暮らしを守り続けました。この両親の地に足の着いた生き方こそが、大谷選手の揺るぎない謙虚さの原点となっています。