インターネット上の言説や著名人の引用において、「臨済宗の奇僧・一休和尚の遺言」「一休宗純の狂雲集に由来する詩」として紹介されるケースが後を絶ちません。しかし、仏教学者や臨済宗大徳寺派の史料、さらには中世日本文学の研究記録を精査しても、一休宗純の著作や記録の中に該当する漢詩や和歌は一切存在しません。
この名言の本当の作者は清沢哲平(きよざわ・てっぺい)氏です。清沢氏は真宗大谷派の僧侶であり、近代日本を代表する宗教哲学者・清沢満之の精神を受け継ぐ教育者・詩人として活動した人物でした。1951年(昭和26年)に刊行された著書や宗教詩集の中に収められた詩の表題こそが、すべての原点である『道』です。
なぜ室町時代の禅僧と昭和の仏教詩人が混同されてしまったのか。その発端は、昭和中期から後期にかけて全国各地の寺院や土産物店で販売されていた「一休の言葉」と題する模倣掛け軸や日めくりカレンダーにありました。作者不詳のまま流通する過程で、破天荒な禅風で知られる一休宗純のパブリックイメージと結びつき、都市伝説的に誤ったクレジットが定着してしまったという背景が取材データから浮き彫りになっています。