社会心理学の観点から見ると、今回の国立競技場における迷惑行為は、集団内における「没個性化(deindividuation)」と「脱抑制(disinhibition)」が極端な形で現れた典型例といえます。巨大なスタジアムという非日常の祝祭空間、同じアーティストを愛好する仲間という疑似共同体の中に身を置くことで、個人の道徳的規範意識が薄れ、「周囲もやっているから許される」という認知の歪みが発生したのです。
さらに現代の「推し活」ブームは、アーティストを応援する行為を通じて自己のアイデンティティを確立しようとするあまり、ファンとアーティストの距離感を誤認させる「心理的バウンダリー(境界線)」の喪失を引き起こしがちです。「推しと同じ空気を吸いたい」「現場の熱狂を共有したい」という過剰な自己同化が、地域住民や一般社会に対する客観的配慮を麻痺させてしまった構造が見て取れます。
ストリーミング全盛の現在、動員力が指数関数的に跳ね上がった国民的アーティストの運営には、従来の音楽ファン向けルール周知だけでは届かない「ライト層・若年層」への継続的なメディアリテラシー教育が不可欠となっています。