動物や植物のなかで、圧倒的な認知度を誇るのが「白い鳩」と「オリーブの小枝」の組み合わせです。鳩が平和の象徴とされる由来を遡ると、その原点は紀元前数千年の古代メソポタミアの伝承を汲む旧約聖書『創世記』第8章の「ノアの方舟」伝説に行き着きます。
堕落した人類を滅亡させるため、神が地上に降らせた40日40夜の大洪水。方舟に乗って生き残ったノアは、水が引いたかどうかを確かめるために一羽の鳩を放ちました。一度目は足場を見つけられず戻ってきた鳩が、夕暮れ時に再び戻ってきた際、そのくちばしには摘み取られたばかりのオリーブの若葉がくわえられていました。神の怒りが解かれ、大地に生命の営みと平穏が戻った合図――これこそが、鳩とオリーブの小枝がセットで「神と人との和解」「再生と平和の印」として語り継がれることになった決定的な聖書的根拠です。
さらに古代地中海世界では、オリーブは生育に十数年以上の長い年月を要する樹木であり、戦争が絶えない土地では農園が焼き払われて栽培できませんでした。すなわち「たわわに実るオリーブ畑があること」そのものが、長期にわたる不戦と治安維持の物理的な証拠だったのです。
この古代からの文脈を直截に引き継いでいるのが、ニューヨークの国連本部に翻る世界共通の意匠です。国連旗のオリーブの小枝の真相について、国際連合の公式資料は「北極を中心とした世界地図を左右から抱くように配されたオリーブの葉は、世界平和を追求する機関の不戦の誓いを表している」と明記しています。1945年のサンフランシスコ会議で暫定採択され、1946年10月7日に正式決定されたこのデザインは、特定の宗教色を排しつつ、人類共通の生存基盤としての恒久平和を誓約する普遍的シンボルとして設計されたものでした。
しかし、宗教的・外交的コードだった鳩を、一気に20世紀の「民衆の反戦アイコン」へと押し上げた主役は別に存在します。それが、巨匠パブロ・ピカソが描いた平和の鳩ポスターです。1949年4月、冷戦の影が色濃くなるなかパリで開催された「第1回世界平和擁護会議」において、詩人ルイ・アラゴンがピカソのアトリエを訪れ、石版画(リトグラフ)のなかから一羽の白い鳩の素描を選び出しました。
ピカソ自身は共産党員でありながら、父が愛育していた鳩の生態を知り尽くしており、「鳩は決して従順ではなく、時には共食いすらする好戦的な鳥だ」と皮肉混じりに述べていた記録も残っています。それでも彼が筆を走らせたリアルで優美な鳩の姿は、会議のポスターとしてパリ中の壁に貼られ、世界中で数百万枚規模で複製・拡散されました。後に生まれたピカソの娘が「パロマ(スペイン語で鳩)」と名付けられたことからも、このモチーフが冷戦期の反戦プロパガンダを飛び越え、画家個人の精神的核となっていった足跡が窺えます。