偉大すぎる父、二代目松本白鸚の背中を見て育つということは、常人には想像し得ないプレッシャーだったはずだ。「高麗屋」という名門の看板、そして父が築き上げた巨大な壁。若い頃の彼は、常にその影と戦っていたように見える。
しかし、彼は模倣に甘んじることはなかった。父とは異なるアプローチで役に向き合い、時には周囲の反対を押し切ってでも新しい演劇の形を模索した。その葛藤と反骨精神こそが、彼の芸を研ぎ澄ます砥石となったのだ。自らの力で「松本幸四郎」という名跡を勝ち取るための闘いは、若い頃からすでに始まっていた。