影山雅永氏のキャリアは、プレイヤーとしての挫折と挑戦の歴史でもある。古巣であるジェフユナイテッド市原・千葉から浦和レッドダイヤモンズへと移籍し、日本最高峰の舞台で身体を張った守備を見せていた時代、彼は常に怪我の恐怖やポジション争いの激圧と闘っていた。
現役時代の終盤、度重なる負傷により苦しいリハビリ生活を余儀なくされた際、メンタル面でどん底にいた彼を救ったのも他ならぬ妻であった。現役引退か現役続行かという人生の大きな岐路に立たされた時、どんな決断を下しても静かに寄り添い、支え続けるパートナーの覚悟が影山氏の心を奮い立たせた。
ピッチでの激しい戦いを終えた後、自宅で妻が用意する温かい料理と静かな会話が、何よりのリカバリーとなった。この現役時代の辛い体験と、それを支えた家族の絆が、後に指導者となった彼が若手選手のメンタル面にまで深く配慮する人間性の土台となっている。