「実家が金持ち」という先入観から、何不自由なくエリート街道を歩んできたと思われがちだが、彼の過去は決して平坦ではない。高校卒業後、アメリカ・シアトルのコミュニティ・カレッジへ留学しIT起業を目指したが、9.11(同時多発テロ事件)の影響でビザの継続が困難となり、帰国を余儀なくされた。
その後、アジア各国の文化に惹かれて香港へ渡り、クラブでのフリースタイルラップやモデル活動を開始。貧しい下積み時代を経験しながら、自らの足と度胸で道を開いていった。台湾でのドラマ出演を経て評価を高めた歴史は、親の威光に頼らない生粋のチャレンジャーとしての姿を証明している。