野沢雅子さんへの交代によって人気が急伸し、放映期間延長の打診も受けていた『日テレ版ドラえもん』は、なぜわずか半年で幕を閉じ、二度と公の電波に乗らない「幻」となってしまったのでしょうか。その裏には、制作現場を揺るがした昭和アニメ史屈指の破綻事件が存在します。
実質的な制作を担っていたスタジオ「日本テレビ動画」は、当時過密な制作スケジュールと放漫経営によって資金繰りが急速に悪化していました。関係者の証言によると、最終回を迎える直前、制作会社の社長が資金を持ったまま突如として失踪。残されたスタッフの手によって辛うじて第26回(最終回)まで納品されたものの、会社は事実上の解散・倒産へと追い込まれました。
さらに事態を決定づけたのは、原作サイドの失望でした。ドタバタコメディに寄りすぎた過激なギャグ描写や現場トラブルの連続に、原作者である藤子・F・不二雄氏は少なからず不信感を抱いたとされています。制作会社解散に伴う権利関係の散逸、原作者側の「黒歴史」としての封印意向、さらにはネガフィルムの散失や廃棄といった要因が幾重にも重なり、地上波での再放送やソフト化、現在の公式動画配信からも完全に姿を消すことになりました。