大学卒業後、渡航さんが選んだ進路は芸能界ではなく、日本の大手航空会社である日本航空(JAL)への就職でした。一部で噂された「パイロット(機長)」ではなく、総合職として入社し、地上での運航管理や空港運営、マネジメント業務を中心に着実なキャリアを積み重ねてきました。2026年現在では、社内でも重責を担う管理職・幹部クラスのポジションを務めていると報じられています。
なぜ、渡哲也さんは息子を自身の後継者や俳優にしなかったのか。その背景には、昭和の映画界・芸能界で酸いも甘いも噛み分けた渡さんならではの確固たる人生観がありました。
渡哲也さんはかつて、取材や親しい関係者に対して「俳優という職業は運と浮き沈みが激しく、精神的にも極めて過酷な世界。子どもには自分の力で歩める堅実な仕事に就いてほしい」という趣旨の思いを語っていました。また、石原プロモーションについても「裕次郎さんが作った会社であり、親族が世襲するものではない」という明確な信念を持ち、2021年1月の会社解散に至るまで息子を経営陣に入れることはありませんでした。