世田谷区に住む人々の間で根強く信じられている誤解の一つに、「世田谷は武蔵野台地の上にある高級住宅街だから、水害とは無縁の高台である」という言説があります。インターネット上の不動産フォーラムなどでも頻繁に目にする主張ですが、地形地質学および都市工学の視点から見れば、これは極めて危険な思い込みと言わざるを得ません。
台地といえども、世田谷の地形は完全に平坦ではありません。何万年もの歳月をかけて雨水が大地を削り取った無数の「谷戸」が網の目のように刻まれています。現在、烏山川緑道や北沢川緑道、呑川緑道として親しまれている歩道空間は、かつて地上を流れていた自然河川をコンクリートの暗渠管で地中に埋め立てたものです。こうした暗渠の上や谷底の路面は、周囲の台地から雨水が一気に流れ込む天然の集水路として機能してしまいます。
ここに世田谷区水害ハザードマップ経緯の歴史的教訓があります。区が過去に改定を重ねてきたハザードマップは、かつての多摩川氾濫(外水氾濫)の想定だけでなく、近年は「想定最大規模降雨(1時間あたり153ミリ)」を前提とした「内水氾濫(下水道の排水能力を超えて地上に水が溢れ出す現象)」に重点を置くようになりました。河川堤防の決壊を伴わなくとも、高台の窪地やマンションの地下駐車場、半地下エントランスが数十センチから1メートル以上浸水する事故が後を絶ちません。
世田谷区大雨警報発令の真相は、単に「空から降る雨の量」だけに連動しているのではなく、地下の下水道管や調節池の許容量が限界に達し、都市機能がパンクする瀬戸際にあるという警告です。「自分の家は坂の上にあるから大丈夫」と過信した結果、坂の下にある駅へ向かって歩き出し、途中の道路冠水に巻き込まれるケースは、都市水害における典型的な受災パターンとなっています。