「ケルト音楽」という言葉を耳にしたとき、多くの人がアイルランドの緑豊かな大自然やパブでの陽気な演奏を思い浮かべます。しかし、音楽社会学の観点から言えば、「ケルト音楽」という単一の伝統ジャンルが太古から完成形で存在していたわけではありません。この概念を正しく理解するには、地理的背景と現代における受容プロセスの両面を把握する必要があります。
歴史的に「ケルト系地域(セルティック・ネイションズ)」とされるのは、主に以下の6つの地域です。
- アイルランド(アイルランド共和国および北アイルランド)
- スコットランド(英国北部)
- ウェールズ(英国西部)
- コーンウォール(英国南西部)
- マン島(アイリッシュ海に浮かぶ島)
- ブルターニュ(フランス北西部)
これらに加え、スペイン北西部のガリシア地方やアストゥリアス地方などもケルトの文化的影響を色濃く残しています。つまり、ケルト音楽とはこれらの地域で育まれてきた伝承音楽、ダンス音楽、バラッド、そしてそれらに影響を受けた現代の派生音楽を束ねる包括的なアンブレラ・ターム(総称)なのです。
ここで頻繁に混同されるのが「アイリッシュ音楽との違い」です。アイルランドの地元ミュージシャンたちに話を聞くと、「自分たちが演奏しているのはケルト音楽ではなく、あくまで『アイルランド伝統音楽(アイリッシュ・トラッド)』だ」と明確に線引きする場面に度々遭遇します。
アイルランド伝統音楽は、パブやコミュニティの集まり(セッション)でリールやジグといった定型ダンスチューンを楽譜なしで継承していく生活密着型の文化です。一方、1970年代以降のフォークリバイバルや、1990年代に世界的なメガヒットを記録したダンスショー『リバーダンス』、さらにはエンヤ(Enya)の世界的な成功によって、商業的なレコード市場やワールドミュージックの文脈でパッケージ化されたのが広義の「ケルト音楽」です。アイリッシュ音楽はケルト音楽という巨大な樹木の「最も強靭で影響力のある主幹」と捉えるのが極めて正確な理解といえます。