鏡の前で舌を持ち上げると、裏側(舌下面)中央に縦に伸びる筋が見えます。これが「舌小帯(ぜつしょうたい)」です。舌の裏側は粘膜が極めて薄く、粘膜直下に青紫色をした深舌静脈が透けて見えます。救急現場や狭心症の発作時にニトログリセリンなどを「舌下投与」するのは、この薄い粘膜と豊富な毛細血管網を利用して、消化管を経由せずに薬剤を瞬時に血流に乗せるためです。
舌下面の根元近くには小さな突起(舌下肉阜)があり、ここから顎下腺と舌下腺で作られた唾液が勢いよく分泌され、口腔内の自浄作用と湿潤環境を維持しています。
しかし、この舌裏の解剖学的バランスが崩れると、日常生活に深刻な支障をきたします。代表的なのが、舌小帯が生まれつき短すぎたり、舌先近くまで癒着したりしている「舌小帯短縮症(ぜつしょうたいたんしゅくしょう)」です。
舌小帯が短いと、舌を前に突き出したときに先端が引っ張られて「ハート型」にくびれます。乳幼児期には母乳を吸う力が弱くなる哺乳障害を引き起こし、成長期にはサ行やタ行、ラ行の発音が不明瞭になる構音障害(滑舌不良)の原因となります。さらに成人以降は、舌が正しい位置(上顎のスポット)に収まらず低位舌(ていいぜつ)となり、就寝時に舌が喉の奥へ落ち込むことで睡眠時無呼吸症候群(SAS)や口呼吸を誘発する重大な要因となることが臨床現場で確認されています。
一方、舌の最奥部に位置する「舌根(ぜっこん)」は、生命維持の要である「嚥下(えんげ:飲み込み)」の主役です。噛み砕かれた食べ物が口の奥へ運ばれると、舌根が力強く後上方へ押し上げられ、喉頭蓋(こうとうがい)を押し倒して気管の入り口を塞ぎます。このミリ秒単位の連動運動によって、食べ物は気管ではなく食道へと正確に送り込まれます。加齢や筋力低下によって舌根の筋力が衰えると、この嚥下反射が遅れ、食べ物や唾液が誤って気管に入る誤嚥性肺炎のリスクが跳ね上がります。