大正時代末期から昭和初期にかけて、旧加賀藩主・前田家の第16代当主であった前田利為侯爵は、イギリス留学の経験を通じて「欧米の貴族邸宅に勝るとも劣らない最高峰の邸宅」の建設を決意した。英国チューダー様式を基調としながらも、随所にモダンな意匠が組み込まれた本邸は、当時として考えられる限りの贅と最先端の技術が集結された。外交官としての顔も持っていた前田利為は、自邸を単なる私的な居室としてではなく、海外からの要人を迎え入れるための「社交の場」と位置づけたのである。
当時としては極めて珍しかった自家発電設備や最新の冷暖房システム、更にはエレベーターまで完備していたというから驚きだ。当時の最先端技術と職人のクラフトマンシップが融合した空間は、加賀百万石の伝統を脈々と受け継ぐ前田家のプライドそのものであり、昭和初期建築の金字塔として語り継がれている。